盛岡に本社を構え新しい文化を世界に発信する「ヘラルボニー」で広報を担当する矢野智美さん。
出身地の群馬県から盛岡に移住し、まもなく10年がたとうとしています。
「盛岡愛」が加速する中で感じているのは、「盛岡は、なんだか心地いい」という思い。
この「なんかいい」には理由があるはず。
「なんかいい」の理由を探るために、
矢野さんは「盛岡を愛する人の視点」から盛岡の街を見てみようと、
さまざまな立場で盛岡を愛する人に会いに行くことにしました。
この連載では盛岡を愛する人の話を聞きながら、盛岡の「なんかいい」を探ります。
盛岡に拠点を構えるクリエーティブ事務所「ホームシックデザイン」は、地元企業や行政とともにデザインの力で盛岡の魅力を伝えています。社員にはUターン経験者や移住者が多いのも特徴です。今回は東京から盛岡に移住した知念さん、青森からUターンした玉木さんの2人に矢野さんが話を聞きました。
【プロフィール】
矢野智美さん(右):群馬県生まれ。2015(平成27)年、岩手県のテレビ局にアナウンサーとして入社。盛岡に移住して今年で10年目。現在は「ヘラルボニー」の広報として「岩手から新しい文化の発信」を目指し、同社の活動や取り組みを発信する仕事を担う。
玉木春香さん(中央):盛岡出身で、大学卒業後に2年間青森で勤務。「盛岡が好き」という理由で2021年に帰郷した。ホームシックデザインの副代表として、デザインやブランディング業務のプロジェクトマネジャー、経営企画などを担当。
知念侑希さん(左):東京都出身。2020年に地域おこし協力隊として移住し、その後、ホームシックデザインに加わった。現在はフォトグラファーのほか、プロジェクトマネジャー、編集、ライターなどを担当する。狩猟免許も所持。
-知念さんは盛岡市地域おこし協力隊として東京から移住されたんですよね。
知念:はい。東京でフォトグラファーをしていて、2020年に移住しました。ずっと前から東北に住みたいなと考えていたんですが、なかなかタイミングがなくて。
矢野:「東北に住んでみたい」と思うきっかけは何かあったんですか?
知念:母が青森出身で、岩手にも友人がいたので、東北とは不思議な縁を感じていました。
-地域おこし協力隊時代はどんなことをされていたんですか?
知念:農政課で鳥獣被害対策をしていました。子どもの頃から狩猟採集に興味があったので東京で狩猟免許を取得しようと思っていたんですが、人気過ぎて申し込めないんですよ。
矢野:えっ、そんなに人気なんですか?
知念:本当ですよ。人気アーティストのコンサートチケットレベルです。「9時から電話で申し込みを受け付けます」と告知されても、電話がつながらなくて。9時10分にようやくつながったと思ったら、「もう定員になりました」と言われます。もしかして、東京以外の場所だったら取得できるかもと思ったのも、盛岡市地域おこし協力隊に応募した理由の一つです。
玉木:ちなみに、数年前に明治橋付近に熊が出没したとニュースになりましたが、あの時に知念さんも熊の行方を追っていたんですよ。
矢野:鳥獣被害対策ってそういうことも含まれるんですね。そもそもフォトグラファーとは全く違う仕事ですが、別の分野に飛び込んだ理由ってなんですか?
知念:写真を撮っていく上で、何か別なことに挑戦したい、別の世界を見てみたいという気持ちがあって、そこでもともと興味があった狩猟や鳥獣被害対策に携わることにしました。
矢野:鳥獣被害対策という別の世界を体験してから、撮影する写真って変わりましたか?
知念:そうですね…生活の中の写真を撮れるようになりました。東京にいた時の写真は客観的だったというか、自分の生活に密接しているような写真は撮っていませんでした。(下の写真は知念さん撮影)
矢野:生活に密接する写真というのは分かります。私もあまり写真を撮るようなタイプではなかったのですが、岩手に来てから日常的に写真を撮るようになりました。ふとした景色がきれいな瞬間とかが多くて。
知念:そうそう。つい撮りたくなっちゃうんですよね。
矢野:写真を撮っているうちに岩手の中に自分の好きな場所が増えていったので、共感できます。
-玉木さんは一度青森で就職後、「盛岡が好きだ」と気づいてUターンされたそうですが、「盛岡が好きだ」と気付いたきっかけは?
玉木:青森で暮らしたこと自体がきっかけでした。盛岡で暮らしていた時から盛岡のことは大好きだったものの、一度違う県で生活したことで、盛岡の雰囲気が自分に合っているなという思いが確信に変わりました。
知念:比較できる都市があると見える良さってありますよね。でも、盛岡って他と比べてここが良いみたいな、突出した部分は多くないと思っています。
玉木:そうなんですよね。盛岡の良さって言語化が難しいというか、本当に「なんかいい」んですよね。
-3人とも盛岡以外の場所での暮らしを経験されているので、移住者・Uターン経験者ならではのお話を聞きたいのですが…例えば、盛岡の寒さはどうですか?
矢野:私は移住してもう10年になりますが、寒さは克服できません。知念さんは?
知念:屋外の寒さは着込んで慣れるしかないなと思っていますが、室内にいても底冷えするのがつらいですね。閉め切っていてもどこからか冷気を感じませんか?
矢野:分かります。どこからか冷たい空気が入ってきていると思って、「どこか開いているんじゃないか?」と家中を歩き回ることもあります。でも、ドアも窓もきちんと閉まっているんですよね…。
玉木・知念:あるある(笑)
-青森と盛岡で寒さの質は違いますか?
玉木:全然違います! 私がいた青森市は盛岡よりも雪は多いのですが、暖かかったです。盛岡は盆地なので、雪は少なくても寒さが厳しいですよね。「凍(し)みる」という感じで。あと、当時の上司に聞いたところ青森の住居は気密性が高くて暖かい設計になっているらしいです。
矢野:盛岡の家もぜひそうなってほしいです。でも、こんなに寒い思いをしていても、私たちは皆、盛岡が好きで選んで暮らしていますから、なんだか面白いですよね。
-盛岡を選んでいるという点ですが、場所を選ばずに仕事ができる今、矢野さんの広報の仕事も、玉木さんと知念さんのデザインの仕事も盛岡に住まなくてもできる仕事ではあると思います。例えば、知念さんは東京に戻って仕事をするという選択肢もあったのでは?
知念:そうですね…盛岡に住んでいると通勤中に山が見えたり、川を渡ったりして、暮らしているだけで心がリフレッシュできるポイントがたくさんあります。東京だと満員電車で通勤したり、目に入る自然が少なかったりと、リフレッシュポイントが少ない。こういう環境の違いで、僕は盛岡で仕事をする方が良いと思っています。玉木さんはどうですか?
玉木:確かに首都圏の方が仕事の選択肢はたくさんありますが、生まれた場所で暮らし続けたいという思いもあきらめたくない。だから今、盛岡に住みながらやりたいことを仕事にしています。
矢野:私も東京で仕事をしていた時期があって、知念さんが言うリフレッシュできるポイントがないというのが分かります。東京は一度に目に入る情報量が多いから、そう感じるのかもしれません。
玉木さんの言う、この土地で働きたいのに挑戦したい仕事がない、でもあきらめたくないという気持ちも分かります。
-ホームシックデザインでは、クリエーティブの力やデザインを通じて盛岡の物事をより良くする仕事にも取り組んでいます。一口にデザインと言えど、さまざまな分野がありますが、デザインが良くなると居心地の良さが変わると感じています。盛岡のデザインについて思うことはありますか?
玉木:そうですね。行政と組んで仕事をする機会も増えてきましたが、もっと街の中にデザインの考え方やクリエーティブが持つ力が浸透していけば良いなと思います。生活していてなんだかモヤモヤする部分が、デザインの考え方を取り入れることでちょっとだけ快適になる。そういう余白が、盛岡にはまだまだあると感じます。
知念:デザインは情報を整理するスキル。愛を持って考えられたアイデアで、愛を持って作られた物でも、その愛が伝わらなくては意味がない。ただ、盛岡はまだこれから変われる余地、成長できる部分がたくさんある。そこは伸びしろだと思います。
-さて。既に「なんかいい」という言葉が出てきましたが、この連載では「盛岡ってなんだか居心地がいい」と感じる理由、「なんかいい」の理由を探しています。玉木さんと知念さんが「盛岡ってなんかいいな」と思うところって、どんなところでしょうか?
玉木:盛岡の人は周りにとても気を配っていて、ガツガツしていないところが良さだと感じます。ただ、遠慮しすぎなところもあるので、それが外から来た人が閉塞(へいそく)感やコミュニケーションの回りくどさを感じる理由になっているようにも思いますが…。
知念:共感性が高い人も多いですよね。全体の中の自分を意識しながら、自分のことも大切にしているなと感じます。社会性とパーソナルな部分のバランスの取り方がうまいというか。
玉木:自分の意思をしっかり持っているけど、他人には押し付けない。でも、自分の大切なものを犯されることを良しとしない。「私はこうだけど、あなたはそうなのね」と、良い意味で一歩引いている。
知念:付かず離れずの空気感が街全体にあるのが面白いです。「シャイな人が多い」とは聞いていましたが、自分がどこの誰なのかをきちんと話すと、すぐに打ち解けて心を開いてくれるなと感じます。
玉木:自分から扉をノックしに行くことはないけど、相手がノックしてくれたら扉を開けて歓迎する人が多いのは感じますね。
矢野:盛岡の人の「他人に押し付けない」「自分の意思を大切にする」「付かず離れずの空気感」という部分は私も共感できます。盛岡にユニークな個人店が多いのはその人柄が関係しているのかなと思いました。
知念:僕が思う「なんかいい」も人にまつわることになんですが、車を運転している時に他の地域とは違うなと感じます。
矢野:運転中に、ですか?
知念:はい。みんな余裕があるというか…道に合流したい時とか、曲がりたい時にスッとスマートに進路を譲ってくれますよね。あと、道路交通法上よろしくないという前提で、横断歩道がない道路で歩行者が渡りたそうにしていると、車が止まって渡してくれますよね。「どうぞ」って。いつも「止まらなくていいのに」と思っています。
玉木:「信号のない横断歩道で車が止まると、歩行者が走って渡り、止まってくれた車に全力でお辞儀をする」という盛岡市民の行動も全国的に有名になりましたよね。
知念:そうそう、盛岡に来たばかりの頃、小学生がペコっとしてくれたのに驚いて、感動しました。
矢野:私もです!高校生が横断歩道を渡った後、車が止まってくれたことに対して深々とお礼をしてくれた時にとてもびっくりしました。
知念:そういうところでも盛岡の文化レベルの高さを感じます。
-「人」以外の部分だとどうでしょうか?
知念:盛岡では米も作って、動物も育てて、山には山菜やキノコもある。何かあってもすぐ飢えることはないだろうという安心感が好きだなあと思いますね。
玉木:首都圏と比べると時間の流れ方や使い方が違うところも好きです。
矢野:確かに。冬場だと16時半くらいに暗くなるので、まだ夕方なのに「ああ、今日も一日が終わったな」って感じます。
玉木:それ、この前知念さんとも同じ話をしました。外を見て、「こんなに暗いですし、今日はもう帰りたいですね」って。
知念:そうそう。「これ、今日は終わりですよ。もう帰りましょう」って(笑)
矢野:盛岡だと19時過ぎくらいからお店の閉店時間に差し掛かりますが、東京に行くと19時を過ぎてもお店が開いていて、街も明るくて、「あ、まだ活動時間なんだ」って思います。
玉木:盛岡で生活していて、「なんで夜遅くまで店を開けてないんだ」って怒る人を見たことがないです。みんなが受け入れていますよね。
知念:そうですね。「まあ、そんなもんだよな」って。
矢野:これまでの話を振り返ると、2人にとっての盛岡の「なんかいい」ところは、「都市とは違う価値基準があるところ」なのかなと思いました。人とか、安心感とか、時間の流れ方とか。
玉木:そうですね。以前、「東京は常に誰かと比べられている感じがする」というような文章を読んだことがあり、確かに東京にはそういう雰囲気があるなと思いました。常にきれいでいなくちゃいけないとか、仕事で成功しなくちゃいけないとか。一方、盛岡では人との関係性を大切にすることに価値基準を置いているような気がします。
知念:盛岡は怒りのパワーが少ないですよね。でも時には怒りのパワーが良い方向に導いてくれることもある。だから私は「怒れる盛岡人であってほしい」という気持ちも持っています。皆さん、熱いマインドを心の中に秘めているんだから。
玉木:その通りだなと思います。「待ち」ではなく「自分から行こう」という人が増えてほしい。「自分の住む地域を良くしたい」という気概を持つ人がきちんとサポートされる街であってほしいなと思います。「おしょすい(恥ずかしい)」な人柄があって、「そんなに頑張るのは恥ずかしいからやめなよ」と言う人もいる。熱を持っている人が応援される環境だとより良いと思います。
知念:掲げた理想に向かって、それを実現するために道筋を立てて向かっていくマインドが広がってほしいですね。「そういう生き方をしていいんだ」という考え方が広まっていったら面白いですね。
玉木:殺伐とするのではなく、優しさは持ちながら、戦う時には戦える盛岡人であってほしいですね。
矢野:ヘラルボニーが掲げる「異彩を、放て。」というミッションには、人と違うことが価値であることを知ってもらいたいという思いを込めています。地方都市では「出るくいは打たれる」ことがありますが、「自分は出るくいであり、それが個性だ」と言える人が増えると良いなと感じます。今日はありがとうございました。
Vol.2 前編はこちら
Vol.2 盛岡を伝える人<前編・山影峻矢さん>
盛岡の「なんかいい」話Vol.1はこちら
Vol.1 盛岡に暮らす人<前編・浅沼宏一さん>
Vol.1 盛岡に暮らす人<後編・伊藤隆宗さん>
盛岡の「なんかいい」話Vol.3はこちら
Vol.3 盛岡を考える人<前編・高橋真菜さん>
Vol.3 盛岡を考える人<後編・佐藤俊治さん>