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【連載】盛岡の「なんかいい」話 Vol.2 盛岡を伝える人<前編・山影峻矢さん>

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盛岡に本社を構え新しい文化を世界に発信する「ヘラルボニー」で広報を担当する矢野智美さん。
出身地の群馬県から盛岡に移住し、まもなく10年がたとうとしています。
「盛岡愛」が加速する中で感じているのは、「盛岡は、なんだか心地いい」という思い。

この「なんかいい」には理由があるはず。

「なんかいい」の理由を探るために、
矢野さんは「盛岡を愛する人の視点」から盛岡の街を見てみようと、
さまざまな立場で盛岡を愛する人に会いに行くことにしました。

この連載では盛岡を愛する人の話を聞きながら、盛岡の「なんかいい」を探ります。

 

 岩手銀行のグループ会社「manorda(マノルダ)いわて」は地元企業のブランディングやまちづくりなどを通じて地域課題解決に取り組んでいます。ソーシャルインパクト事業に関わる山影峻矢さんの話から、盛岡の良いところと伸びしろを見つける視点に込められた盛岡愛を矢野さんと一緒に探ります。

【プロフィール】
矢野智美さん(右):群馬県生まれ。2015(平成27)年、岩手県のテレビ局にアナウンサーとして入社。盛岡に移住して今年で10年目。現在は「ヘラルボニー」の広報として「岩手から新しい文化の発信」を目指し、同社の活動や取り組みを発信する仕事を担う。

山影峻矢さん(左):花巻市出身。大学時代には首都圏での暮らしも経験し、地元・岩手に戻って就職。現在は「manordaいわて」でソーシャルインパクトを目的にした事業を担当し、地域が抱える課題の解決や、イベントの企画を通じて岩手・盛岡の魅力を伝える仕事にも携わる。

-山影さんは盛岡にも隣接する花巻市の出身だとお聞きしました。

山影:はい。大学生の時は東京に住んでいて、卒業後に岩手銀行に就職しました。最初は八戸営業部、それから紫波町、埼玉、そして盛岡に来て3年目です。住んでいる歴としてはまだまだ短いです。

矢野:現在は「manordaいわて」で仕事をされていますが、具体的にはどういうことをする企業ですか?

山影:大まかにいうと、岩手県内の地域経済を活性化させることを目的に設立された会社です。業務内容は、地域の事業者の皆さんに代わって販路を探す地域商社事業と、自治体と一緒に仕事をするソーシャルインパクト事業などがあります。私が担当しているのはソーシャルインパクト事業で、例えば盛岡だと「もりおかイルミネーションブライト」などがあります。盛岡城跡公園や商店街をイルミネーションで照らすことで誘客促進を狙うイベントです。

矢野:10月に行われた「北のクラフトフェア」の関連イベントにも携わっていらしたんですよね? 会場の近くで山影さんの姿をちらりとお見かけしまして…。

山影:北のクラフトフェアと同時開催していた「赤レンガ伝統工芸館」と「北クラキッチン」に関わっていました。「北のクラフトフェア」は全国から人が集まる大きなイベントです。せっかく盛岡に来てもらうなら、盛岡と岩手のことをもっと知ってほしいので、盛岡を中心に地元事業者の皆さんが出店する場を企画しました。

-矢野さんも山影さんも市外・県外からの移住者ですが、2人が移住者の視点で見る盛岡についてお聞きしたいです。

矢野:私は「人」が面白いなと感じました。「盛岡の方は『おしょす(※)』と言って、恥ずかしがり屋さんが多い」とよく言われていますが、一度心を開くと深いところまで話してくれる人が多いのが面白いです。あとは、冬の寒さのせいか、夏の「さんさ踊り」にかける熱量がすごいですよね。団結して踊っている姿には圧倒されました。(※)「おしょす」=盛岡弁で「恥ずかしい」の意味

山影:東京と埼玉での暮らしを経験して思うのは、首都圏は本当に「他人は他人」という感じで、
外にいても他の人のことは全く気にしないし、気にならない。でも岩手では、直接顔を合わせたことはなくても自分のことを知っている人が結構いる。そこら辺ですれ違った人が自分の知っている誰かとつながっている、誰もが知り合いの知り合いみたいな。距離が近いコミュニティーなのが岩手・盛岡の良さだと感じています。

矢野:東京の大学に行かれていて、東京で就職するという考えはなかったんですか?

山影:東京で就職しようとはあまり考えていなくて…就職活動中に満員電車に乗った時に、学生としてカルチャーショックを受けたんです。「こんなに大変なんだ。これはちょっと付いていけないぞ」って感じて、これは岩手に戻るしかないなと。

矢野:私も就職活動を始めた時は、大きな企業の人にいきなり自分を売り込まなくてはいけないことに戸惑いました。満員電車もかなりびっくりしますよね。

山影:矢野さんは盛岡に就職するにあたって、周りの反応はどうでしたか?

矢野:反対というか、両親は「岩手って大丈夫なの?」という反応でした。私は全国のテレビ局の就職試験を受けて、受かったところに行こうと考えていましたが、岩手は自分自身初めての土地で不安でしたし、あまりに北過ぎて「何もないんじゃないか」とみんな心配していました。そんなことは絶対ないのですが、学生の頃の私は無知でしたね。暮らしているうちに岩手と関東の文化の違いが面白くなってきて、岩手のことが好きになりました。

山影:私は就職してすぐに県外の営業所に配属されて、岩手に戻ってきた時は「岩手ってなんかあったかい」と思いましたね(笑) 地元って、何かほっとするじゃないですか。あ、これが「なんかいい」なのかもしれないですね。

-今、山影さんからも「なんかいい」という言葉が出ましたが、この連載では「盛岡ってなんだか居心地がいい」と感じる理由、「なんかいい」の理由を探しています。山影さんが「盛岡ってなんかいいな」と思うところって、どんなところでしょうか?

山影:ありがちな答えかもしれませんが、「自然と街との調和がとれているところ」が一番良いなと思っています。盛岡はいわゆる田舎の側面を持ちながら、公共交通があって、人が集うカフェやアートギャラリーがあって、いろんな要素が絶妙なバランスで保たれているのが盛岡だと思います。一番好きな風景があるんですけど、その話をしてもいいですか?

矢野:もちろん。私が一番聞きたいところです。

山影:私は自転車通勤で、いつも明治橋を渡るんです。空が晴れていると川の向こうに岩手山がきれいに見えて、その手前には市街地の背が高いビルが並んでいる、この景色がとても好きです。この景色を見ると「今日も頑張ろう」と思えます。

矢野:明治橋からの景色、良いですよね! 私は明治橋より一つ下流の南大橋を自転車で通りますが、同じような景色が見えて大好きです。あ、写真(※)もあります。(スマートフォンで写真を見せてくれる矢野さん)(※右の写真)

山影:ああ、いいですね。きれいです。やっぱり、この景色ですよね!

-天気が良くて岩手山が見える日は、立ち止まって写真を撮る人が多いですね。橋を渡る皆さんが「今日の景色、良いよね」という同じ気持ちを持っているのが分かります。

山影:そうそう。「いいな」ってなるんですよ。

矢野:ついつい立ち止まっちゃいますよね。「晴れたから見ておかないと」って。

山影:なんか「ありがたや」って気持ちになりますよ(笑)

矢野:「自然と街の調和」という点で、盛岡の街は人の手で整備されている場所が多くて、自然と街が調和するように整えている人の

ぬくもりを常に感じます。今の話のように、日常の中に「きれいだな」と思う景色があるから、この場所を整えてきれいにしたいという原動力になっているんじゃないかなと感じます。

山影:盛岡って川と橋が多いじゃないですか。私が住んでいるところから市街地に行くために2つの橋を渡るので、この橋が境界線になっています。橋を渡ったらオン、渡らなければオフ、というのが自然とできるのも良いところです。

矢野:確かに。例えば、東京は街全体がにぎやかで熱を持っているような印象ですが、盛岡だと中心市街地は熱を持っていて背筋が伸びる空気感がありますけど、橋を渡って遠ざかっていくと空気が緩んで、自然と肩の力が抜けていきますよね。

山影:仕事をする場所、遊ぶ場所、暮らしの場所、自然がある場所というのが地域で自然に線引きされているのが、盛岡の面白い魅力ですよね。こういう区切りがあると、オンオフのしやすさにつながっていると感じます。

-山影さんは地域や企業の課題解決につながる業務にも携わっていますよね。盛岡の課題というか、「こうしたらもっと良くなる伸びしろ」のような部分はどこだと思いますか?

山影:そうですね…広報やPR的な部分はまだ伸ばせると感じています。例えば、最初に話した「もりおかイルミネーションブライト」について、矢野さんはどれくらいご存じでしたか?

矢野:実は「あ、イルミネーションで街がきらきらしているな」くらいの認識でした…すみません。

山影:大丈夫ですよ(笑) 実際、市民からの認知度って矢野さんと同じくらいなんです。観光誘客を大きな目的とした事業ですが、まずは地元の皆さんにイベントについて知ってもらわないと盛岡の外には広まりません。盛岡には、「あそこに行けば、いろんな情報が手に入るよね」という場所が少ない。だから、情報をどこに出すと市民に広がるかを考えるのが難しいです。

矢野:私も広報の仕事をしていて、盛岡には興味がある人にだけ伝わってほしい物事、いわゆる「バズ」の状態にならなくていい物事があると分かってきました。その一方で「これは皆に知ってもらいたい、バズってほしい」と思った時の方法がないのはもったいないですよね。

山影:それから、地域によって街づくりの考え方や価値観が大きく異なると感じています。インフラ面や公共施設を整えて人を集めることが必要な地域もあれば、人の住みやすさを意識する地域もあります。盛岡は後者だと考えていて、今の雰囲気を生かしながら、もっと住みやすく、人が集まってくる街になれば良いと思います。自分の仕事が少しでも力になれればうれしいですね。

矢野:「今の良さを残しながら、もっとたくさん人に来てほしい、知ってほしい」というのは私も同じ考えです。ニューヨーク・タイムズ紙の「2023年に行くべき52カ所」に選ばれたことで多くの人に盛岡が広まりましたが、その影響が一過性ではなく何らかの形で継続してほしいと感じています。

山影:長期的に人が来る仕組みを作っていかないと、地方都市は衰退していくと思います。住んでいる人をなるべく減らさずに、少しずつ増やして、今の状態を保っていくというのが、盛岡が模索するべき姿なんじゃないかな、と考えています。

矢野:県外で暮らしていても山影さんのように地元に戻ってくる人が増えれば良いなと思いますし、そのためには情報へのアクセシビリティーを改善しなくちゃいけませんよね。

山影:そうですね。あとはやっぱり、「なんかいいかも」という感覚が一番必要かもしれません。

矢野:盛岡の「なんかいい」を広報として県内外に広めるにはどうしたら良いのか、もっと考えてみたくなりました。今日はありがとうございました。

後編はこちら
Vol.2 盛岡を伝える人<後編・玉木春香さん、知念侑希さん>

盛岡の「なんかいい」話 Vol.1はこちら
Vol.1盛岡に暮らす人<前編・浅沼宏一さん>
Vol.1盛岡に暮らす人<後編・伊藤隆宗さん>

盛岡の「なんかいい」話Vol.3はこちら
Vol.3 盛岡を考える人<前編・高橋真菜さん>
Vol.3 盛岡を考える人<後編・佐藤俊治さん>

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