矢巾町出身でパラアルペンスキーヤーの高橋幸平選手が6月25日、パラスキー競技の一線を退き、新たな道に進む報告のため、矢巾町役場を訪れた。
高橋選手は脳性まひのため、生まれつき右半身に機能障害がある。小学生時代にリハビリを兼ねてさまざまなスポーツに挑戦する中でアルペン競技に出合い、高校時代から本格的に取り組み始めた。高校2年生だった2018年の平昌大会でパラリンピックに初出場。2022年の北京パラリンピックでは男子回転(立位)で12位に入った。今年開催されたミラノ・コルティナパラリンピックも目指していたが、出場権を獲得できなかった。
高橋選手は高校時代に畜産を学び、酪農の仕事に就きたいという夢があり、2カ月ほど前に競技生活に区切りを付けることを決意したという。今月末に所属企業を退社し、今後は千葉県内の牧場に就職する予定。酪農の仕事をしながらパラ陸上のやり投げに挑戦することを目指し、関東を拠点にトレーニングを行う。パラアルペンスキーでも後進育成に取り組み、国内大会への出場は続ける。
25日にはこれまでの応援とサポートへの感謝を伝えるため、矢巾町役場を訪問。高橋昌造町長に報告した。「スキーと酪農は好きなもの同士で選択が難しかった」と高橋選手。「年齢的にもまだやれると思うところもあったが、酪農が第二の目標として自分の中にあり、違う道に進むのも良いかなと考えた。酪農もやり投げもスキーも片手間にせず、真剣にやっていきたい」と伝えた。
やり投げは、中学時代にハンドボールをやっていた経験から、感覚が似ていたことから始めたという。高橋選手は「やり投げは始めたばかりで未知の世界。どこまでいけるか分からないが、国際大会やパラリンピックを目指すことができれば」と意欲を目指す。
高橋町長は「高橋選手は負けない根性があるから、大丈夫だ。心配なのは無理をすること。酪農もやり投げも奥が深く、極めれば極めるほど分からないことがたくさん出てくると思う。先輩たちの助言をよく聞いて、頑張ってほしい」と応援した。「岩手は酪農も盛んな土地。いずれ岩手、矢巾に帰ってもらいたい」とも。
高橋選手は「岩手に帰ってきたいとは思っていて、まだ空想の世界だが、いつか矢巾で酪農ができればと考えている。人とのつながりで救われた競技生活だった。皆さんに感謝を伝えたい。今後も矢巾町のために頑張っていきたいので応援してもらえれば」と話す。