原敬の司法省学校時代や同校の学友に焦点を当てる企画展「原敬と司法省法学校の同窓たち」が現在、原敬記念館(盛岡市本宮4)で開かれている。
司法省学校は司法官を養成する学校で、現在の東京大学校法学部につながる。原は家庭が経済的に厳しい状況の中、学費がいらない官費の学校の同校に1876(明治9)年に入学し、1879(明治12)年に放校処分となっている。今年は入学から150年に当たることから、入学から放校までの経緯や、同窓の仲間との交流について紹介する展示を企画した。
展示は2章構成で、1章では入学から放校処分となるまで、2章では放校後の原と学友との関わりについて紹介する。1章の展示資料としては、原の元に届いた学校入学通知や、学校生活を回想して記した「法学校時代断片」などの資料が並ぶ。
「法学校時代断片」の中には、放校処分のきっかけになった「賄征伐(まかないせいばつ)」に関することのほか、学生らしいエピソードが登場する。「焼き芋買いの話は、20歳の男子学生らしい」と学芸員の渡辺美知さん。当時、試験の点数によって学生同士でお金を出し合い、くじ引きで当たった人が焼き芋を買いに行くという遊びが流行していた。ある日、買い出し係になった原が風呂敷いっぱいに焼き芋を包んで持ち帰ったところ、学校職員と顔を合わせてしまい、恥ずかしさから風呂敷を脇に隠すように持つと、焼き芋のせいで脇腹は熱く、いい匂いもして、その様子を見た職員にほほ笑まれながら、原は赤面して玄関に駆け込んだという。渡辺さんは「若い学生がこういう遊びをするのは、いつの時代も変わらない。まったく男子ったら…という気持ちになる」と笑う。
放校後に触れる1章の後半と2章では、原と学友の交流が分かる書簡や日記などを展示。「原敬日記」には、外務書記官としてフランス・パリに赴任した際に、原と同時期に退学してフランスに渡っていた加藤拓川の出迎えを受けたという記述がある。その後、同窓の田島彦四郎と3人でパリ公使館に勤めている。内務大臣時代には同期の吉原三郎を内務次官にしているほか、内閣総理大臣に就任してからもさまざまな分野で同窓を起用している。
加藤は原が暗殺された後、原のひつぎを乗せた列車に乗り、盛岡に向かったという。渡辺さんは「原さんが司法省学校に在学したのは、8年制のうち2年。たった2年だったかもしれないが、生涯続く友人関係や信頼できる人脈を得ている。原さんの人生において、欠かすことができない時間だったのではないか」と話す。
開館時間は9時~17時(最終入館は16時30分)。月曜休館。入館料は、一般=300円、高校生=200円、小・中学生=100円。11月23日まで。