「野村胡堂・あらえびす記念館」で現在、銭形平次捕物控(とりものひかえ)発表90周年記念企画展「平次誕生の一年-その男、苦み走った好(い)い男-」が開催されている。
「銭形平次捕物控」は、紫波町出身の作家・野村胡堂の代表作として知られ、1931(昭和6)年に文芸春秋社の雑誌「文藝(ぶんげい)春秋 オール讀物(よみもの)号」に掲載された後、27年にわたって書き続けられ、作品は長編短編合わせて383編にも及ぶ。今回の企画展では、「銭形平次捕物控」が発表される1931年前後の胡堂の作品と発表後の1年間に焦点を当てる。
担当学芸員は「銭形平次捕物控は27年と長く続き、383作品という膨大な作品数もある。90周年の節目に合わせた企画展で、どこを取り上げたらいいのかとても悩んだ。そこで、まずは誕生したばかりの頃、平次が第一歩を踏み出した発表当時を振り返ろうと決めた」と話す。
展示の冒頭では、胡堂が「銭形平次捕物控」を書き始める前、新聞社で働いていた時代を取り上げる。新聞に小説を執筆していた直木三十五から胡堂への書簡のほか、横溝正史から胡堂に宛てた「探偵小説を書いてほしい」という執筆依頼の書簡が並び、新聞掲載用の原稿を依頼しながら、胡堂自身も小説を書いていたことが分かる。胡堂の執筆年表も掲示。さまざまな小説やコラムを同時期に並行して執筆していたため、胡堂が忙しくしていた中で「銭形平次」が誕生したことを示す。
その後の展示では、「文藝春秋 オール讀物号」1931年4月号から1932(昭和7)年3月号までに掲載された「銭形平次捕物控」12作を1作品ずつ取り上げ、話のあらすじや読みどころをパネルで紹介する。企画展のタイトルにも使われている「苦み走った好い男」は、作中で平次を「苦み走った好い男」と表現した文章から取っている。1作目「金色の處女(おとめ)」の時点で平次のキャラクター設定がまだ完成していなかったため、銭ではなく小判を投げる描写がある。
3作目以降、平次のキャラクターがだんだんと定まり、8作目では夏の時期に合わせた幽霊の話、10作目はヒロインのお静と平次の祝言の話、12作目では1作目に回帰し、人物に焦点を当てたストーリーとなっている。学芸員お薦めの作品は7作目。「胡堂が持つ江戸の知識の深さが感じられる作品」だという。
展示の最後では胡堂が書いた随筆の原稿を紹介。文中には「オール讀物号」の売れ行きが悪く廃刊の予定があったこと、掲載小説を連載物から読み切りに変えるため平次の打ち切りが決まっていたこと、そこで胡堂が「平次は読み切り作品でもある。原稿料はいらないので続けてほしい」と申し出たエピソードが出てくる。胡堂の熱意を感じた当時の編集長が、銭形平次の掲載が続行を決めたという。
担当学芸員は「銭形平次捕物控は江戸の限られた世界観でトリックや登場人物を描いているのも魅力。忙しい中で生まれた銭形平次の作品を知ってもらい、皆さんがよく知るドラマや映画の平次との違いも感じて」と呼び掛ける。
開館時間は9時~16時30分(入館は16時まで)。入館料は一般=310円、小・中・高校生=150円。月曜休館。10月17日まで。