岩手県立図書館(盛岡市盛岡駅西通1)で現在、同館の館長を務めた作家・鈴木彦次郎をテーマにした企画展「文人館長・鈴木彦次郎-岩手に蒔(ま)いた文化の種-」が開かれている。
鈴木は1898(明治31)年に東京で生まれ、5歳の時に父親の帰郷とともに盛岡に移住。18歳まで盛岡で過ごし、再び東京に戻った後、太平洋戦争中の1944(昭和19)年に疎開して以降は盛岡にとどまり、1947(昭和22)年から5年間同館の館長を務めた。2025年が鈴木の没後50年に当たることに合わせ、盛岡と同館にゆかりある鈴木を取り上げる展示を企画したという。
展示は4章構成で、鈴木の生い立ちから東京での文筆活動、盛岡に戻ってからの活動をたどる。同館所蔵の展示資料に息子の鈴木文彦さんが所有する資料を加えた計240点が並ぶ。
1章では、幼少期のエピソードなどを紹介。2章と3章では東京での文筆活動に触れ、2章では川端康成らと共に取り組んだ第6次「新思潮」の創刊や新感覚派としての活動、3章では純文学から大衆文学への移行について取り上げる。それぞれの時代の代表作も展示し、純文学期は「七月の健康美」など、大衆文学期は特に人気を博した相撲小説を中心に紹介する。
4章は盛岡に戻ってから活動を取り上げる。鈴木が館長に就任した時期は終戦後で、現在の内丸にあった図書館は「内丸の化物屋敷」と呼ばれるほど荒れていたという。鈴木は認知度向上のために広報活動に力を入れ、自身も図書館業務について学び、在職中は県内を巡回する移動文庫や夜間図書館、郷土資料の充実などの施策に取り組んだ。同章では、図書館長の辞令や館報といった館長としての活動が分かる資料のほか、鈴木が創刊に関わった文芸誌「北の文学」やタウン誌「街もりおか」、立ち上げに携わった「盛岡文士劇」についての資料が並ぶ。
最後には特別展示として、川端康成から届いた手紙3通を展示。川端が婚約を破棄したことを伝える速達の手紙、鈴木が故郷に帰るかどうかを相談したことへの返答、「七月の健康美」を読んだ感想がそれぞれつづられている。
展示担当者は「私もいくつか小説を読んでみたが、大衆文学はエンターテインメント満載で面白く、どんどん読んでしまった。本人の著書や随筆が載っている雑誌などは手に取れる形で並べているので、展示をゆっくり見て、作品をじっくり読んでもらいたい。鈴木さんの活動の幅広さ、川端さんとの貴重なやりとりを知ってもらいたい」と話す。
開館時間は9時~20時。5月6日まで。期間中の休館日は2月27日、3月25日~31日、4月30日