盛岡市盛岡城復元調査推進室が10月22日、盛岡城跡の歴史的建造物復元に向けた取り組みにより新たに発見された資料の概要を達増拓也岩手県知事に説明した。
今年新たに発見されたのは「広小路屋敷普請関係資料」。市は2022年に盛岡城復元調査推進室を設置し、史跡・盛岡城跡の歴史的建造物の復元を検討するため、盛岡城に関連した史資料の調査などに取り組んでいる。現在、歴史的建造物の直接的な復元根拠になる資料は見つかっていないが、盛岡城に関連する資料を含め、盛岡の歴史を知る上で貴重となる新たな史資料が確認されている。
同資料は、江戸時代に盛岡藩主の家族が住んでいた屋敷「広小路屋敷」の普請に関係するもの。原敬の兄・恭の家に伝えられ、代々守られてきた古文書群「原恭家文書」に含まれていた。原敬を顕彰する「原敬記念館」が原家から原恭家文書借用した際、一部に盛岡城関係資料が含まれていたことから、記念館と原家の承諾を得て盛岡城復元調査推進室が昨年4月と今年5月に調査を実施。昨年の調査では「盛岡城本丸大奥普請関係資料」も見つかっている。
知事への説明は現在、もりおか歴史文化館で両資料を公開している企画展「城の跡-残された盛岡城関連資料-」に合わせて実施。広小路屋敷は現在の岩手県庁に位置に建てられ、初代県庁舎としても使われていたことから、資料発見を報告することにした。
当日は、盛岡城復元調査推進室の職員が今年発見の新資料についての解説に当たった。屋敷の間取りが分かる絵図と表門の寸法や木材の種類が書かれた外観図などが見つかったことや、知事が尊敬する原敬に関係している資料であることのほか、広小路屋敷の建設に原敬の祖父・原直記が総責任者として携わっていたことや、屋敷が現在の県庁の場所にあったことなどを説明した。
平面図を見ながら達増知事は「こちら側が現在の中央通なのか」などと質問しながら解説を聞き、「原家に代々受け継がれ、守られてきたのはさすがだと思う。県庁の関連資料としても貴重だ」と話した。盛岡城復元調査推進室の職員も「これだけの資料がそろって見つかるのは調査を開始してから初めてのケース。県でも何かに活用してもらえれば」と期待を寄せる。