企画展「啄木生誕140年 『友人たちの啄木像』」が現在、盛岡てがみ館(盛岡市中ノ橋通1)で開かれている。
石川啄木は1886(明治19)年2月20日に日戸村(現・盛岡市日戸)に生まれ、今年生誕140年を迎える。今回は、啄木と交流があった人々が啄木についてつづった手紙や原稿、写真など74点の資料から、友人たちから見た啄木について紹介する。
展示では啄木の生い立ちから学生時代、東京・北海道時代、病気に苦しんだ晩年まで、それぞれの時代で交流があった人物の手紙などを通じて、啄木の動きを紹介していく。担当学芸員の中野千恵子さんは「26年という短い生涯の中、多くの人と交流したことが改めてよく分かる。離れゆく人も、長く付き合う人もいるが、啄木のことを回想する人が多いというのは、それだけ魅力ある人物だったのだと感じている」と話す。
盛岡中学校(現・盛岡第一高校)時代の同級生・野村胡堂は、当時の啄木について「初めて出会った時は誰とでもすぐ友達になりそうな快活な美少年だったが、少し付き合っていると、どんな人間にも屈することの出来ない、強大な自尊心と、皮肉な舌と、驚くべき聡明な頭脳の所有者だった」といったことを原稿に書いている。啄木が上京後に出会った与謝野鉄幹・晶子夫妻の原稿も展示。晶子は「額つきの清らかな人」と書いている。
このほか、啄木から結婚式の世話を頼まれた盛岡中学時代の級友・上野廣一は手紙で、式の定刻が迫っても本人は姿を見せず苦労したことなどをつづり、その後交流を絶ったとしている。東京朝日新聞時代の先輩・杉村廣太郎は、啄木研究家の吉田孤羊に宛てた手紙に、「病気や貧困で苦しむ啄木に生活費のつもりでお金を渡したところ、啄木はそのお金で本を買ったという礼状を送ってきた。あきれたが、後になって考えるとそれが啄木らしいと感心した」というようなことを書いている。
展示終盤では啄木の恩人であった金田一京助が「それぞれが感じる啄木が違っても、それはうそだと言えない。全て啄木のある部分で、その総合が啄木の全容を成すものであろう」と述べていたことを紹介。
中野さんは「この金田一京助の言葉の通りだと思う。現代で生きる私たちも、啄木を素晴らしい文学者と思う人もいれば、さまざまなエピソードで印象が良くないという人もいる。それが啄木の人間味だと思う。何より、短い人生でたくさんの人の心に残ったというのがすごいところ。展示を見ながら、皆さんの中の啄木がどんな人か思いを巡らせて」と話す。
開館時間は9時~18時(入館は17時30分まで)。入館料は一般=200円、高校生=100円、中学生以下と市内在住の65歳以上は無料。第2火曜休館。6月8日まで。