
盛岡市在住の矢野智美さんが「盛岡神子田朝市」の出店者から聞き取ったその人の記憶などをまとめた本「水盆を持つ人」を8月10日~15日に同朝市で販売する。
矢野さんは群馬県出身で、2015(平成27)年に岩手県内のテレビ局にアナウンサーとして入社したのをきっかけに盛岡に移住。その後転職し、2023年からは「ヘラルボニー」の広報を担当している。
矢野さんはアナウンサー時代に神子田朝市に通うようになり、それをきっかけにディレクターとして朝市を題材にしたドキュメンタリーを制作。朝市の出店者に取材を行い、さまざまな話を聞き取ったが、ドキュメンタリーの中で使ったのはごく一部だったという。
「皆さんが話してくれた記憶が、私のパソコンのフォルダに眠っているのがもったいないとずっと思っていた」と矢野さん。「朝市は私にとって飾らずに出かけられる場所、パジャマでも誰かに会える場所。悩みを抱えていたアナウンサー時代、朝市の存在と出店者の皆さんに助けられていた。皆さんが私に話してくれた記憶を記録として形にしたいと考え、初めての本作りに挑戦した」と話す。
本は「珈琲(コーヒー)屋のマドカさん」「ひっつみ屋の高橋さん」「朝市と戦争」などの全5章で構成。前半は矢野さんがなぜ朝市を好きになったのかなどをまとめた回顧録、後半に朝市の出店者から聞き取った記憶をつづる。出店者との会話は方言となまり交じりの話し言葉をそのまま書き出し、出店者の若い頃の話やひっつみのおいしさの秘密にも触れる。完成した本を見せに行くと「文章を読むだけで、その人の声が思い出せる」という感想も寄せられた。
「朝市と戦争」の章では4人の出店者から聞いた戦争の記憶を紹介。当初は戦争のことを聞く予定はなかったが、80代の出店者との会話の中で自然と戦争の話が出てきたという。「経験者がいるなら話を聞きたい、語り継ぐなら今だと思った」と矢野さん。本の販売も戦後80年に合わせて8月に、朝市で売ることを選んだという。
神子田朝市に本専門店として出店するのは今回が初めて。「自分で作ったものを売るという点で朝市はぴったり」と笑顔の矢野さん。タイトルの「水盆」は、「ハリー・ポッター」シリーズに登場する、水の中に誰かの記憶を入れて保存と再現ができる水盆のような魔法道具から着想を得た。矢野さんは「水盆を持って朝市を回り、そこにたくさんの記憶を入れてきた。本を通して、読者と一緒に盛岡の人の記憶を追体験して、何かを考えるような時間を過ごしたい」と話す。
86ページ。価格は2,000円。販売は6時~7時ごろ。6時30分、7時30分はトークイベントも開く(11日を除く)。参加無料。